1903年 歌舞伎狂言作者・竹柴伝蔵(加藤伝太郎)の長女として東京都台東区浅草に生まれる。
俳優沢村国太郎、沢村貞子、加東大介の姉。
1921年 女子美術付属佐藤高等女学校卒業。日本女子大学師範科家政学部入学。
1923年 カリエスで肋骨2本切除、日本女子大学退学。代用教員を経て資格を得、母校浅草小学校に勤務。
1926年 物理学研究者矢島祐利と結婚。
1952年 民俗学者柳田国男氏に師事、論史「指ぬき考」発表。
1953年 夫祐利と共著『家事と雑用』(岩波書店)発表。
1967年 「障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会」会長就任。「家庭科教育者連盟」会長就任。
1977年 障害者福祉への貢献でヘレンケラー賞受賞。
1979年 「国民の足を守る会中央会議」会長就任。
1988年 1月24日大腸ガンにて市川市で死去。
『家事と雑用』矢島祐利と共著、岩波書店、1953年。
『私たちの教育課程研究 家庭科研究』(河野五郎・和田典子・丸岡玲子・矢島せい子共同執筆、日本教職員組合編)一ツ橋書房、1971年(家庭科教育の歴史を執筆)。
『矢島せい子のくらしの歳時記』労働教育センター、1979年。
「親をみつめて子どもは育つ」の章執筆、『いのち永遠に新し』(住井すゑ、櫛田ふき、石井あや子、矢島せい子共著)所載、労働旬報社、1985年。
『わたしの思い出』ドメス出版、1988。
『日本の食べものよもやま話』労働教育センター、1988年。
『あらくさの花』矢島祐利編、ドメス出版、1989年。
『矢島せい子の足跡』矢島祐利編、ドメス出版、1989年。